留学生活と大学院進学

9ヶ月間の留学生活も半分が過ぎようとしている。ホームシックなんて自分には無縁だろうと思っていたけれども、アメリカに来てすぐの頃は事あるたびに日本に帰りたいと言っていた気がする。おそらく一番大きな要因は人間関係だろう。早稲田にいるときにはあまり意識をしていなかったが、キャンパスを少し歩けば友人と顔を合わせる環境というのは大変恵まれたものだったように思う。アメリカに来てすぐの生活はといえば気軽にご飯に誘える友達もほとんどおらず、日頃のストレスの解消手段を見つけるのも一苦労だった。とはいえ住めば都とはよく言ったもので、少ないながらも友人もでき、車なしの不便生活も慣れれば楽しいものである。

現在留学中の大学はUniversity of California, Irvine (UCI)というCalifornia州立大学である。アメリカの大学としては標準的なのかもしれないが大学の敷地がとにかく広大で、初めてキャンパスを訪れたときにはかなり驚いた。大学のあるIrvine市は全米で最も犯罪率の低い街*1で、いまのところ特に怖い思いをすることもなく過ごせている。気候も最高で、1年のうち360日は晴れていると言われている*2。大学のレベルはというと、US NewsのGraduate School RankingのComputer Science分野で29位につけている*3。秋学期を過ごしてみた印象を言うと、信じられないくらい優秀な人からただただ惰性で過ごしているような人まで学生のレベルはかなり幅広く、早稲田と似たような感じだと思う。違いがあるとすれば、学部生と院生の隔たりである。早稲田ではほとんどの院生が内部進学であるので学部生も院生も概ね似たような雰囲気だが、UCIでは内部進学はむしろ稀なようである。また、大学院生であるPhDプログラムの学生には指導教員が生活費と学費を支払い、学生はその対価としてRA (Research Assistant)やTA (Teaching Assistant)をする仕組みになっている。学費を払って大学に勉強をしにいくと言うよりは大学に雇われて働くという方が近い。このような背景を考えると、雰囲気の違いは当然ともいえる。

そんなUCIで学部生に混ざって大学生をしているわけだが、日本と違いアメリカの大学の学部生は研究室に配属されるということは基本的に無い。研究をしたい学部生は教授に直接指導をお願いしに行き、OKが出れば指導を受けることが出来る。人気のある大学院に合格するためには研究の経験が大事なので、大学院に行きたい学生は研究室で経験を積んで自分の実力をアピールする。自分の場合も例に漏れず指導のお願いをしたが、3人頼んだうちの2人には断られてしまった。正直に言って、2人に断られたときはかなり落ち込んだ。まあ考えてみたら、ヒドい英語を喋るよく知らない日本人学生を指導したい先生は多くないだろう。最後に会いに行った今のボスは指導を快く引き受けてくれ、ひどく安心したのを覚えている。後で聞いたのだが、ボスに研究の指導を頼みに来る学生にはとりあえず全員に課題を与えてみることにしているらしい。不思議な事に、そのうちのほとんどが何らかの理由でフェードアウトしてしまうそうだ。どの先生も学生を篩にかけているがそのタイミングは人それぞれということなのだろう。はじめてすぐの頃はあまり相手にされていなかった気がするのは篩にかけられている期間だったのかもしれない。秋学期の終わり頃にはオフィスとPCも手配してくれ、図書館の開室時間を気にせず研究ができるようになった。ありがたい限りである。

さて、実際にUCIに通ってみて、アメリカの大学院に進学したいと考えるようになった*4。1つの理由として、アカデミアを取りまく環境があげられる。UCIのComputer Scineceの学生向けの大学院進学説明会では、Bachelor, Master, PhDそれぞれの学位取得者の平均給与がBachelorで最低、PhDで最大となっているデータ*5を見せられ、”The more you learn, the more you earn.” と熱心に進学を薦められた。PhDの取得は経済的な成功にはあまり繋がらないという印象を持っていたが、少なくともアメリカではそんなことは無いらしい。また、アメリカではSoftware Engineerは大人気の職業で、給料も高い。実際、Googleで働く友人によると、彼の初年度の年俸は2000万円を超えていたらしい*6。日本とアメリカの物価差を考えても、初年度の年俸としては破格の良さだろう。Computer ScienceでPhDを取った学生のいくらかは、研究者にならずにこのような高待遇のSoftware Engineerの職を得るようだ。このようなアカデミアを取り巻く環境も、アメリカの大学でのPhDプログラムに多くの学生が集まってくる理由の一つなのだろう。自分の知る限りでは日本でのIT系技術者は地位も給料も高くないと言われているように思うし、あまり美味しくないご飯の分を差し引いてもアメリカで職を得るのは良い選択肢であるように思える。そんなPhDプログラムには世界中から学生が集まってきており、実際に理系分野ではPhD学生の半分以上が外国人である*7

色々と言ってみたものの、正直に言ってアメリカの大学院に合格するのはかなり難しい。世界中の学生がなんとか入学しようとアプリケーションを送りつけているのだから、当然といえば当然だ。そのような激しい競争を生き残るには、客観的な指標で優秀であると評価されなければならない*8。論文を出版していればその論文で評価されるだろうが、学部生のうちから何本も論文を出版している学生は多くないだろう。何人かの先生や院生に話を聞き、多くが重要だと言っていたのが"コネ"である。ここでいう"コネ"というのは、知り合いの研究者による優秀だという評価である*9。学生を採用する側である研究室の先生は、非常に多くの候補から採用する学生を選ばなければならない。そのうちのほとんどは顔も合わせたことが無い学生だ。その中で、よく知っている人が優秀だと言っている学生はやはり期待値が高いらしい。ところで、あらゆる選考プロセスにおいて能力の定量化は大きな課題である。例えば日本の大学入試であれば試験の点数で能力を定量化している。企業による従業員の採用活動においても、能力を定量化して採用を決定しようという動きが活発らしい*10。ただ、数字での比較というのは比較が明確である一方で、数字にすることが出来る指標でしか評価できないという欠点もある。入学試験の点数によるドライで定量的な指標だけでなく、自然言語で書かれた推薦状による定性的な評価で数字にしづらい部分も考慮できるということなのだろう。学生の立場からしても、研究を頑張れば大学院の選考で評価されるというのはシンプルで良い。

振り返ってみると、指導教員を見つけて研究を始めることができたのは幸いであった。とても小さな一歩であるが、小さな一歩を積み重ねて前に進むしかないように思う。アメリカの大学院に入学するという目標を達成するために、当面の課題は今いる研究室での研究だ。指導教員から強い推薦状を得ることができれば、大学院に合格する可能性も格段に上がるだろう。楽しむことを忘れずに、目の前の課題をひとつずつクリアしていきたい。

*1:Why Irvine, California Consistently Ranks As The Safest City In America http://www.businessinsider.com/irvine-california-is-americas-safest-city-2013-7

*2:実際には34日の降水が観測されているようで、かなり盛っているところもアメリカ人らしい Climate | Irvine, California http://www.bestplaces.net/climate/city/california/irvine

*3:良い順位なのかどうかは良くわからない Computer Science Rankings | Best Graduate School http://grad-schools.usnews.rankingsandreviews.com/best-graduate-schools/top-science-schools/computer-science-rankings

*4:実際には留学前から考えてはいたが、より現実的に想像出来るようになったからかその気持が強くなった

*5:Earning and unemployment rates by educational attainment http://www.bls.gov/emp/ep_chart_001.htm

*6:約$180K, 1ドル120円とすると2160万円

*7:STEM(Science, Technology, Engineering, and Mathematics)分野では特にその傾向が顕著で、多いところでは90%以上が留学生の専攻もある。 Foreign Student Dependence https://www.insidehighered.com/news/2013/07/12/new-report-shows-dependence-us-graduate-programs-foreign-students

*8:アメリカの大学院の入試は日本のように試験だけではなく、受賞歴や経験などを含めて総合的に評価される

*9:大学院に進学する学生は、学部時代に指導を受けた教員に推薦状を書いてもらい、それを出願先の大学に提出する。その指導教員が出願先の大学の教員と知り合いだったりすると合格する可能性も高いらしく、その意味で"コネ"が大事。

*10:先日学校にリクルーティングに来ていたConnectifierというスタートアップ (https://www.connectifier.com/) も、AIを利用した採用プロセスにおける候補者の能力の定量化を課題にビジネスを作り上げていると話していた。曰く、"今一番アツい分野"らしい。